2018年10月16日

雑記

ここ1ヶ月くらい、ハイペースで制作をしている。
こけしさんたちの絵付けが主なのだが、
その合間をぬって課題やカレンダーを制作し、
お金は入ってこないけどやることはたくさんある
という、
ありがたいんだか悲しいんだかといった状態である。

今日も、お願いしていた白木のこけしが工人さんから届いた。
毎回驚くほど早く届けてくださり、
神である。
ひとつひとつ丁寧に包まれたこけしさんたちがきっちりと箱の中に入っている。
素晴らしいなあ、と思う。
清々しさすら感じる。
梱包の有り様から、心って伝わるなあと思う。
そういうものづくりのできる人になりたい、と思う。

熱中していると目が相当疲れるのだが、
ふと目をやる窓の外が里山の風景だったらいいなあ、などと妄想する。
山の緑を見て、目を癒したくなる。

明日はこの前入稿したカレンダーが届く。
ふと、この制作の日々は、この先エンドレスかもしれないな、と思う。
そうなったらいいな、と思う。

posted by kayo at 21:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

雑司ヶ谷手創り市出店しました

昨日8日、雑司ヶ谷手創り市に出店して参りました。
こけし堂にお立ち寄りいただいたみなさま、
どうもありがとうございました!

途中から直射日光直撃だったため、
こけしの日焼け防止のために場所を移らせていただいて
なんだか地に足着かぬ状態での一日ではありましたが
いろいろな方と交流出来てとても楽しかったです。

今回初の試みが3つありました。
@寸胴型ではなく、胴にくびれのある形を用いてみた。
A犬柄を作った。
B人柄を作った。

@に関して言うと、4体くびれ型に絵付けしたのですが
なんと1体も売れず。。なぜだ?柄のせいか?
くびれがある形は上品な感じが加わってちょっといいなと思うのですが
あまり受けないのでしょうか。。

A、Bはありがたいことにご好評いただき、全て嫁入りいたしました。
人柄は顔の下に顔の柄、というちょっと挑戦的な印象になってしまい、
受け入れてくださる方はいるのか、だいぶ不安ではありましたが
気に入ってくださった方がいてほんと嬉しかったです。

改めて思いましたが、
自分が作ったものを直にお客さんにお見せして、その反応を体感し、
そしてご購入いただける、というこの一連を体験出来る場というものは、
なんてエキサイティングなんだろう、と。
直にくる反応、それは怖いと同時に
これ以上無い喜びを与えてくれるものです。
この作品発表の場を作ってくださっている手創り市の方々に改めて感謝します。

そして、東京だけではなく、全国にその場を広げていきたいなあと、
そんな次のもくろみを考え始めております。
京都出店、叶えたいです。


次回出店の際は、またどうぞよろしくお願いいたします!


posted by kayo at 09:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

こけし、インスタはじめるってよ。

先日のスマホデビューに次いで、
インスタデビューもしてみました。

こちら

インスタグラムは、どうやら宣伝とかにいいらしい、
イラストとこけしのためにもやった方がいいらしい、という熱い情報を真に受けてみました。


よろしければお見知りおきを!



posted by kayo at 19:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月30日

スマホ

とうとう、スマホになりました。
携帯電話を持ってから、なんと17年8ヶ月。
ずっと使っていた携帯会社を解約するための電話口にて
「17年8ヶ月の間ご利用いただきましてありがとうございました」と言われ、
びびりました。
そんなにもか!と。
その年月イコール東京在住歴(ほぼ)となる訳で
改めて数字を提示されると気が遠くなる気がします。

携帯からスマホになり、
もうこの二日間、奴にかかりっきりでした。
まず、メールアドレスがちゃんと機能してくれない。
何度パスワードを打ったことか。
しかも、押す文字が小さいから、
3回に1回くらい隣の文字を押してしまう。
目がシパシパしてくる。
これは視力低下にはもってこいの悪しきアイテムではないか。
あと、iPhoneなのでアドレス帳の登録が手作業という
デジタルの先端にいるはずなのに超アナログ作業をせねばならぬ
ゆゆしき矛盾。
今までもそんなに沢山の方を登録していた訳ではないが、
もう本当に面倒なので、登録者はだいぶ割愛させていただいた。
そして、ラインのダウンロード。
昨日やってみたら一向に進まないので
昨日契約した店へ行き、
お兄さんに辟易されながらもいろいろ教えていただいてやっと完了した。

ほんと、疲れた。
この二日間、
やらなければならないことがいろいろとあるのに、
なんとか解決しないと次に進めないもんだから、
他のことが手につきませんでしたよ。
どうしてくれるのだ、スマホよ。

もう、しばらく何も触らず過ごしたい。
こんな疲れる機器、
みんなよく毎日触ってるよなあ、と
つくづく思う。
じゃあなんでスマホにしたんだよ!というつっこみが入りそうだが、
・・・いろいろと考える所があった訳で。。。

人は慣れる生きものなので、
なんとか慣れていきたいものです。



posted by kayo at 17:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

女子

女子+.jpg

夏は過ぎましたが、
柄もののシャツを着た素敵な女子はいいものだ。
posted by kayo at 20:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月17日

なくなること

今年に入って、死というものを近しく感じることが多く起こる。
それは私の勝手な解釈の中で
一緒にこの世界に存在しながら生きているのが当然
と思っていた方々の死の知らせであるのだが、
先日亡くなられたさくらももこさん、そして今度は樹木希林さん。
とても尊敬するお二人が、こんなにも次々に亡くなられ、
人の命は有限なんだということを痛感してしまう。

「人は死んだらどうなるのか?」というのは
考えても明確な答えは出ない疑問である。
いっぺん死んでみないことには誰にも分からない。
この世界に生きているもの全てにとって、
絶対に知りうることのない疑問。
分からないものは怖い。
だからきっと、いろんな解釈をすることで、
人は圧倒的な恐怖の存在を和らげようと、
宗教や思想を生んできたのだろう。
ご先祖さまは果たして本当に見守ってくれているのだろうか?
おじいちゃんは、見守ってくれている?
分からない、としか言えない。
確かなもの、それは「今」しかないんだなあ、と思う。
今、生きていることが一番確かな事実で、
それを感じながら、
命は有限であるということを肝に銘じて生きる。
そして死んだら二度と会えないという絶対的事実。
会いたい人には会う、
後悔しないために、会いたい人には会いにいくべきですね。
posted by kayo at 10:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

君といた夏

また、ドラマ一気見をしてしまった。
どうしてユーチューブというものは、
私の興味をそそるものを逐一報告してくれるのか。
この前も、キリンジの中に源さんとフジファブリックを混ぜ込んでくるという
超絶妙な選曲リストをお作りになられ、
私は舌を巻きましたよ。
そんな摩訶不思議有能サイトに
私はどんどん時間をつぎ込んでおり、
頭馬鹿になるんじゃないかということに恐怖を覚えたり覚えなかったり。

今回は1994年に放映されていた「君といた夏」を一気見させていただきまして、
放送当時、私は中学生。
片田舎の私はだいぶのめり込んで観ていた覚えがあり、毎週放送が楽しみだった。
ザ、青春って感じが、まぶしくてうらやましくて、
それに比べて全くぱっとしない自分の夏休みが本当に嫌だった。
今回恐ろしく久しぶりに観た感想としては、
瀬戸朝香は美少女だなあ、
いしだ壱成はイケメンだなあ、
筒井良隆ははっきりしないなあ、
松下由樹は美人だなあ、
ウッチャンかわいいなあ。
そして、「君といた夏」という題名通り、
これはひと夏の出来事を描いた作品だったんだなあ、ということだった。
全12話分だから、かなりの分量の出来事が毎回起る訳で、
毎回結構濃いのでひと夏の出来事量としては多すぎであり、それをずっと観ていると
もう1年くらい経った?と思ってしまうけれど、
最終話、この夏の出来事を走馬灯のように振り返って
3人がばらばらに別れていく様子を見ていたら、
あれ、これってたったひと夏の出来事だったんだなあ、ということを知らされると同時に、
ものごとって終わっていくよなあ、という切ない気持ちになった。
そう、ものごとは、いつまでも続かないのです。
いつか終わるものなのです。
夏の終わりって、なぜか妙にセンチメンタルな味わいを孕んでいるものだけれど、
そういうイメージを植え付けられたのって、こういうドラマとか物語からなんじゃなかろうか。
だって、現実でいうと、夏の終わりは新学期の始まりで、
憂鬱な気持ちのまま日々は淡々と過ぎていくものだった。
そんな現実の面白なさに、夢を与えてくれていたのが、私にとってはドラマだったんだと思う。
君といた夏の脚本家は北川悦吏子さんだった。
この方の作品、どんな作品があるのかと思って調べてみたら、
小中高とはまりにはまって熱中して観ていたドラマばかりだった。
すごい。
私のドラマ好き、ドラマへの憧れ、ドラマ的思考は、
北川さんの作品によって形成されていたのではないだろうか。
今さら知った、この事実に驚愕である。


真夏のピークが去った。
9月9日。
今年の夏も終わっていきますね。


posted by kayo at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月07日

紙だのみ

大変な事態が起きた。
今まで愛用していた水彩紙が、
なんと廃盤になってしまった。
超絶困る。
なんということだ!!!!
私のイラストは、あの紙があっての表現、という部分が大きく、
あの紙と出会ってようやく好きな感じの絵が描けるようになったと思っていたのに。。
あの絵具の吸い込み方や、表面のフラットな感じや厚みや色や
とってもとっても気に入っていたのに。。
どうしよう。
この先、あの紙なしでの表現を
私は見つけなければならない。
ここへきての、廃盤。。。
そんなに評判悪かったのか?
そんなに売れなかったのか?
廃盤にされることで、こんなに困ってしまう人間がいるのですよ!
あなたが必要なのですよ!
と叫ぶ人間がここにいるのですよ!!

ec水彩紙。
もう探してもどこにもいないのでしょうか。
私はあなたが必要です!
戻ってきて!!!
posted by kayo at 20:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

すごいぞおげんさん

源さんの活躍がはじけている。
先日ユーチューブにアップされた新曲「アイデア」の閲覧数が
一日で300万人突破したという。
私も早速拝見しましたが、
見終わったときの感情が、
まるでなにか壮大なドキュメントを観たあとのような、
圧倒的なものを観たあとのような、
「・・・す、すごい・・・」という言葉が
ただぽかんと胸の内に残るような、
言葉がうまく見つかりませんが、
安直に言ってしまえばすごかったです。
あれは一発取りなんだと思うんだけど、
源さんの過去から今、そしてこれからを全部詰め込んでいるようだった。
そして最後のドラはおしまいのしるしではなく、
これからの源さんのはじまりを意味しているようで、
この先源さんはどこまで行ってしまうのだろう、という
わくわくと少しの不安すら感じるような圧倒的な前へ進む力を感じた。
曲自体も、どんどん大気圏を越えて行ってしまいそうな広がりを感じる。
すごいお方になっていくなあ、と、
同年代のまさしく星であるなあ、と、
思う訳であります。
それと先日20日に放送された「おげんさんといっしょ」、
私は未だかつてあんなふうにテレビの画面を終始にこにこしながら観たことがあっただろうか。
中高生のときに週1回のドラマを観るのが楽しみでしょうがなかったときの
あの待ち遠しさと画面に対する集中力を思い出した。
あの感覚に近い、もう片時も目を離したくない、そんな番組ってなかなかない。
前回の放送も観ましたけれど、その観終わったときの、
「わたし、なんかすごいものを観てしまったような気がする。。」という感情は忘れられない。
第2回目の今回も、とても素晴らしいものでした。
愛に満ちあふれていました。
音楽に対する気持ちの持ち方が気持ちがいい人ばかりで構成されている感じ、といいますか、
なにもひっかかるものがない、だれも不幸にしない、
そんな感じといいましょうか。
そう、源さんて、だれも不幸にしない、そういう感じがするのです。
ラジオを聴いているとそれがとても伝わってくるのだけど、
人間だから当然いろんな黒い部分や感情はあるのだけれど、
それを表現におきかえない、というか、表現の仕方が不幸さを呼ばない、というか。
ことばの使い方とかのセンスも大きいかもしれないけれど、
なにより心のもち用、芯の部分がきれいなんじゃないだろうか。

アイデアとおげんさんの2本立て、
今週はもう源さんに染まりました。




posted by kayo at 12:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

鳴子へD(下の@から読んでくださいませ)

夜行バスに乗るまでの時間、居座ることに決めたベンチに居座っていると、
インド人っぽいで30代か40代か、そのくらいの女性がやってきて私の隣に座った。
隣と言っても、円形になっているベンチの隣なので、斜め横、とでもいおうか、
そんな位置関係の位置にその女性は座ったのだが、
座って間もなく、その女性は何かをバリバリと割って、ぼりぼりと食べ始めた。
正確に言うと、持っていたピンクのバックの中に入っているビニール袋から
ごそごそ何かを取り出し、それをバリバリと音をさせて割り、
口に運んでぼりぼりと食べている。
最初はそこまで気にはしていなかったのだが、
10分程経ってもその動作と音は隣から止むこと無く、
20分経つころには大分気になってきていた。
一体何を割っているのか、何を食べているのか、
そして20分も同じペースで食べているのはそろそろ食べ過ぎなんじゃないか、と。
でも、なんとなく察しはついていた。
多分あの割る時の音は、私の今までの経験上からすると、おそらくピーナッツではないか、と。
殻付きのピーナッツを割る時の、あのスカスカしたものを割るような音、
あれと似ている、と気付いていた。
もしくは、それに似たナッツ系のなにか。ナッツ系であることは十中八九確定であろう、
と予想した。
でも、実物をまじまじと確認することははばかられた。
私にはそこまでの度胸はない。
なので、ベンチの向かいにあるガラスに映る彼女を、私は凝視し続けた。
一体何を食べているのか。20分間も、、
ふと横に置いたリュックの中身を確認するかのごとく仕草で
私は彼女の鞄に入っているものは一体何なのか見ようと幾度か試みたが、
バックの中までは見ることは出来ず、その作戦は失敗に終った。
そんな私の胸中など知る由もなく、
彼女はその後もそれを割り、食べ続けた。
かさがさ、ばりばり、ぼりぼり、がさがさ、ばりばり、ぼりぼり、の音は
一定のリズムを保って流れ続けた。
一定のリズムの音のループは私の不得意分野なので、
気になり始めてしまったらもう逃れることが出来ず、
私は勝手にイライラし始めた。
もうかれこれ30分、彼女は同じ速度で何かを食べ続けている。
30分って、いい加減、もう食べ過ぎではないだろうか?
いつまで彼女は食べ続けるのだろうか?
もしかして、彼女の持っているあのピンクのバックの中身は全部ピーナッツで、
彼女は一晩かけて、このベンチでピーナッツを食べ続ける気ではないだろうか?
だとしたら、おもしろすぎやしないか?
仙台駅前のベンチで、台風が来る中、一晩かけてバックいっぱいのピーナッツを食い続ける女性。
なんか、映画性すらありはしないだろうか?
アニメーションなんかにしたら、面白いものができるんじゃないだろうか?
なんてことを私は考え始めた。
でも、アニメーションにするとしたら、オチが必要で、この物語のオチは一体どうしたらいいだろうか?
ただひたすらピーナッツを食い続ける女性がいても、あんまり面白くないかもしれない。
バックが底なし沼の様になっていて、ピーナッツが後から後から湧いてでてくるような仕組みになっていて、
いや、バックの中はどこか異世界とつながっていて、、などと考えていたら、
イライラも多少収まった。
それにしても、いつまで食べ続けるのだろうか。
インドの主食って、もしかしてピーナッツなんだろうか。
彼女は会社帰り、お腹ぺこぺこでなんとか座れる場所を見つけ、
日本人が米を食うがごとく主食のピーナッツをむさぼり食っているのだろうか。
でも、ピーナッツって相当高カロリーだし、
やっぱりいくらなんでも30分変わらぬ速度で食べ続けていたら
カロリーすごいんではないだろうか。
私の頭はもう、彼女とピーナッツのことでいっぱいだった。
彼女が席を立つまで見届けたいが、バス停へ行く時間まであと5分となったとき、
ようやく彼女は食べるのを止め、片付けを始めた。
総合計約40分間続いた、がさがさ、バリバリ、ぼりぼり、のループが終わったことに
心底ほっとした。このまま聞き続けていたら、私は狂っていたかもしれない。
ガラスに映った彼女の手もとには、小玉すいかくらいの大きさのビニール袋があり、
それはバリバリと割っていたナッツの殻だと分かったとき、
やはり彼女は食べ過ぎだ、と確信した。
あの量、そりゃ40分かかるわな、と納得である。
そうして約40分間、私の横で何かを割り、何かを食べ続けていた彼女は、
その席をゆっくりと立ち上がり、ゆーっくりとした速度で向こうへ歩いて行った。
一体彼女が食べていたものは何だったのだろう?
その最大の疑問を解くべく、
席を立つときに彼女が座っていた場所を見ると、
皮付きのピーナッツとその殻の残骸がぼろぼろと地面に落ちていた。
やはりあれは、ピーナッツだった。

以上が今回の旅の最後の思い出である。
どーでもいいことが気になってしまい、気になるともう戻れないという
私の過剰な神経質さが際立つ思い出ではあるが、
これもまた一興である。

バスは予定時刻通りに仙台を出発し、
雨が振る中、台風最接近の東京へ向かって走り、
それでもほぼ時刻通りに無事東京へ着いた。
私はバスが嵐で横転するんじゃないか、前が見えなくてどこかに突っ込むんじゃないか、と
そんなことばかり想像し、
さらに運転手の方がかなり大きな体格をしておられたために
もしこの運転手が走行中に心臓マヒ起こしたりしたらどうしよう、
なんていう心配も相まって、
結局やはり眠れなかった。


そんな訳で、私の鳴子行きはこれにて終演です。
結構きゅうきゅうなスケジュールでしたが、
大変に濃い2日間だったと思います。
なにより、松田さんにお会い出来たことは本当に嬉しかったです。
今後の制作に、生きるはずと実感しております。
鳴子、今度はぜひ、こけし祭りのときに行ってみたい。
そしていつか、お金を気にせず、
優雅な鳴子の温泉旅館に泊まってみたい。
そんな旅ができる日が来る気はしませんが、
私はまた私なりの旅を楽しみたいと思います。




posted by kayo at 21:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする